先日、Googleマップ上の話ですが、房総半島の県道を前進していたときのことです。鴨川市内の山あいの道を進んでいると、「金束」と地名が書かれた標識が目に飛び込んできました。

「きんたば」でしょうか、それとも「かねたば」でしょうか。いくら考えても正しい読み方にたどり着けず、後で調べてみることにしました。

今回は、この「金束」という難読地名について、読み方はもちろん、由来や歴史、周辺の見どころまで詳しく調べてみましたので、同じように読み方が気になった方はぜひ参考にしてください。

難読地名「金束」の読み方は「こづか」

  • 正解は「こづか」です

「金束」という難読地名の漢字だけを見ると、「きんそく」「かねたば」などと読んでしまいそうになりますが、実際には訓読みに近い、地名特有の読み方になっています。

地名金束
読み方こづか

金束はどこにある?

  • 金束は、千葉県鴨川市の山あいに位置する集落です。

所在地千葉県鴨川市金束
郵便番号296-0233



江戸時代の記録によると、隣接する古畑村の西側、加茂川の上流域にあたり、長狭道(現在の長狭街道にあたる道)が通る場所でした。

現在の金束は、鴨川市の中心部や海沿いのエリアからは少し離れた、内陸の静かな地域です。Googleマップからも、海から離れ山あいに位置する地域だってことが分かりますね。

なぜ「金束」を「こづか」と読むのか

正直なところ、「金束」がなぜ「こづか」と読まれるようになったのか、はっきりとした由来を示す記録は見つかりませんでした。

ただし、地名研究の世界では、「束(つか)」という読み方自体は全国の地名にしばしば見られるものです。稲や柴などを束ねたものを数える単位や、小さな塚・盛り土を指す言葉に由来するケースが多いとされています。

金束の場合も、こうした古い地形や土地の呼び名が転じたものである可能性はありますが、確実な由来として断定できる資料は今のところ見当たりません。もし由来をご存じの方がいれば、ぜひ教えていただきたいところです。

金束の歴史──江戸時代から続く古い村

金束という地名は、決して新しいものではありません。江戸時代初期の慶長2年(1597年)に作成された「安房国検地高目録」に、すでに村名として記載が確認できます。

当時の石高は355石余りで、里見氏の家臣(給人)が治める給人領でした。

その後、延宝5年(1677年)には幕府領となります。江戸時代中期の元文村高帳では、石高は358石余りとされ、その内訳は田方225石余り・畑方130石余りと記録されています。米作を中心としながら、畑作も行われていた集落だったことがうかがえます。

北側は上総国天羽郡と接しており、地域の境界に近い場所でもありました。

金束周辺の見どころ

金束がある鴨川市内陸エリアには、次のような見どころがあります。

  • 笹谷窯:陶芸体験ができる工房。鴨川の自然を感じながらものづくりを楽しめます
  • 烏場山第三展望台:見晴らしのよい展望スポット
  • 花嫁街道:全長13.5kmのハイキングコース
  • 大山千枚田:日本の棚田百選にも選ばれた美しい棚田風景

金束を訪れる機会があれば、あわせて足を延ばしてみるのもおすすめです。

千葉県には他にも難読地名がたくさん

千葉県内には、このほかにも一筋縄ではいかない地名が数多く存在します。(※千葉県の難読地名まとめページは近日公開予定です)

まとめ

千葉県鴨川市の「金束」は「こづか」と読みます。江戸時代から続く歴史ある集落で、由来ははっきりしないものの、里見氏の時代から記録が残る古い地名です。周辺には笹谷窯や大山千枚田といった見どころもあるので、この機会に地名の背景にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

参考資料