「見解」は「けんかい」と読みます。どちらかと言うと新聞やテレビのニュースでよく耳にする言葉です。

例えば国民の関心あるテーマについて、政府首脳や政府の高官が「見解を表明した」とか「見解を示した」などと報道されますよね。

いわゆる責任や影響力ある人が示す「見解」とは、どのような意味のある発言なのでしょうか?

ではこれから「見解」とは何か?意味を中心に類語や使い方などを含め、用例を交えながら分かり易く解説します。


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「見解」とは

「見解」の読み方

「見解」の音読みは、一般的に「けんかい」です。

仏教用語では、「けんげ」(「げ」は「解」の呉音)という読みも存在します。「けんかい」とは意味が異なりますので、使用する際はご注意ください。

「見解」の意味

まず国語辞典による「見解(けんかい)」の意味から見ていきましょう。

「見解」:ものの見方・考え方
(引用元:学研現代新国語辞典)

「見解」を「見」と「解」に分けて、それぞれの意味を考えます。

まず「見解」の「見」という漢字は、「意見」「見識」などと用いるときの「見」で、「見方」という意味。一方「解」という漢字は、「解ける」「理解」などと用いるときの「解」で、「解きほぐした考え」「ほぐれて分かること」という意味です。

この2つの漢字を合わせた熟語「見解」は、「物事に対する見方や解きほぐして分かった考え」という意味になり、まさに国語辞典の意味と同じです。

では「見解」の意味をさらに詳しく見ていきます。「見解」とは、政府・公的機関・企業・責任または影響力ある個人などが、公の問題や人々が関心あるテーマについて、熟慮検討の上責任をもって公に示す考えや認識です。その場で思いついた、にわか仕立ての考えではありません。

例えば、「米財務長官が、景気の過熱を抑えるためには早期の利上げが必要との見解を示した」「残業代不払い問題について、労働法に精通した弁護士さんが見解を述べた」のように用います。

なお「見解」には「けんげ」という読みも存在しますが、仏教用語で「深く真理を見きわめる力」という意味ですので、「けんかい」よりさらに深い意味を表しています。

「見解」の語源から意味を確認する

次は、二字熟語「見解」の「見」と「解」の語源を詳しく見ていきましょう。

まず「見」は「目+儿」の会意文字です。「人(=「儿」)」が「目」を大きく見開いているさまから、「物をはっきり見る」を意味する「見」という漢字が成立。さらに「見」は元々の意味(=本義)から派生して、「はっきり分かること」「考え」「見方」・「悟る」などという新たな複数の意味(=転義)が加わりました。

一方「解」も会意文字。「刀」で「牛」の体や「角」をバラバラに「分解」するイメージから、「一体をなした物を解き分ける」を意味する「解」という漢字が成立。さらに「解」は、本義から派生して「ほぐれて分かること」「解きほぐした考え」・「悟る」という新たな複数の意味も表すようになりました。

「見」は「はっきり分かること」「見方」・「悟る」の意、「解」は「ほぐれて分かること」「解きほぐした考え」・「悟る」の意。

以上から「見解」とは、国語辞典の「ものの見方・考え方」という意味だけでなく、仏教用語の「深く真理を見きわめる(=悟る)力」という深遠な意味も含まれているのがよく分かりますね。


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「見解」と類語との意味の違い

「見解」の類語はたくさん存在しますが、「意見」「考察」との違いを通じて、「見解」の意味を深めていきましょう。

類語「意見」との違い

「見解」の類語である「意見」の「意」は「心の中で思い巡らすこと」、「見」は「考え」「はっきり分かること」という意味を持っています。

よって「意見」とは、「ある問題についての個人の考え」という意味になります。他方「見解」とは、「公の問題などについて、組織としての考え」という意味です。

違いは、「意見」は「個人的な考え」ですが、「見解」は「組織としての考え」です。

私的な考えを述べる「意見」の場合、「新商品の売上アップ対策について、私の意見を申し上げます」のように述べても、一般的に責任追求まで求められることはありません。

ところが「見解」の場合は、社会的影響に対して責任が持てるものでなければなりません。慎重にかつ徹底的に突き詰めた上で「政府の公式見解を表明します」「弁護士としての見解を申し上げます」のように公表します。

類語「考察」との違い

「見解」の類語である「考察」の「考」は「つきつめて考えること」、「察」は「すみずみまで調べること」という意味を持っています。

よって「考察」とは、「物事の本質を明らかにするため、よく調べて考えること」「調査結果や事実など客観的なデータに基づき、よく調べて出した考え」という意味になります。

他方「見解」とは、「公の問題などについて、十分検討して出した考え」という意味です。

違いは、「考察」の場合「オフィス家具メーカーが実施した調査結果から、在宅勤務する単身者の多くは自宅の環境に満足していないという考察をまとめた」のように客観的データに基づきますが、「見解」は必ずしも客観的なデータに基づく必要がありません。

よって「見解」の場合、参加者それぞれが主観的な考えにおちいると、「見解の相違」や「見解の対立」の発生することが考えられます。少数派の意見も尊重してよく話を聞いた上で「見解の一致」を図ることが大切てす。また「考察」の際使用する客観的なデータを検討材料として用いることも良いアイデアです。


「見解」の使い方と例文

「見解」の主な使い方は、名詞として「~の見解」「見解を~」「見解の~」などがあります。

「見解」を流れで見ていくと、最初は関係者間の議論の中で「見解の相違」や「見解の対立」などがあり、それらを乗り超えて組織として統一または公式の「見解をまとめて」、公に「見解を表明する」ことになります。

「~の見解」(「政府の見解」など)

「見解」する当事者は、主に公的機関・企業・専門家などですが、政策の問題では「政府の見解」や「政治家の見解」、法律問題なら「弁護士の見解」などと用いられます。従って法律問題について「素人の見解」を聞きたい人は少ないでしょう。

さて「~の見解」の「~」の部分には、「見解」する人や組織、つまり当事者などの情報が入ります。例えば「政府の見解」「政治家の見解」「弁護士の見解」「公式の見解」「個人の見解」などが考えられます。

・厚労省は、ワクチンの接種実績を評価し、安全性に重大な懸念は認められないとする「政府の見解」をまとめた。

公的な手続きを経て行なう「知事の見解」は、「公式の見解」です。しかし事情により知事が「個人の見解」と断った上で示す場合もあります。

・県立大学と市立大学の統合について県知事は、再編後の大学は「個人の見解」とした上で、研究費と専門家の集中で研究が加速するなどが期待できるとの見解を示した。

「見解を~」(「見解を示す」など)

「見解」がまとまったら、「見解を~」を用いて「見解」を公に表す方法をご紹介しましょう。

「見解を~」の「を」は格助詞です。「~」の部分には他動詞を伴って「見解を示す」「見解を表明する」「見解を述べる」のように、「見解」を相手に公表します。

・内閣の主要閣僚は、台湾が侵攻された場合、集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法の「存立危機事態」として対処すべきだとの「見解を示した」。

「見解の~」(「見解の相違」など)

「見解」をまとめる途中段階では、「見解の相違」や「見解の対立」などの紆余曲折が予想されますが、「見解の一致」を目差して議論を続けます。


・会社側と従業員との間において価値観に基づく「見解の相違」を埋めることができなかったが、最後は「見解の一致」となった。

まとめ

「見解」は、「けんかい」と読みます。国語辞典の意味は「ものの見方・考え方」でとてもシンプルです。

少し詳しく説明すると、「見解(けんかい)」は、政府・公的機関・責任ある個人などが、公に示す組織としての考えです。

「見解」の類語「意見」の意味は、私的な考えですので責任追求されることはありませんが、「見解」は、社会的な影響力が大きく責任が持てるものでなければなりません。慎重に検討した上で「見解を表明」することが大切です。

なお「けんげ」と読む場合は、「深く真理を見きわめる力」という意味になります。「けんかい」とは意味が異なりますので、使用する際はご注意ください。






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